-前回の続き


酔いにまかせて、彼女は少しずつ過去の話をした。

「高校生のころは、ずっと入院をしていた」
「閉鎖病棟に入れられていて、時には手足の自由も奪われていた」

ボクはネットの世界にいることが多く、少し麻痺していたのかもしれない。
ネットの世界にこもっている人たちには、メンタル的な病をうったえる人が少なくない。
だから、こんな彼女の告白も、当時のボクの心にはあまり響かなかった。

いまは、そんな病の影を感じさせないし、もう治ったのだろう。
まるで「昔、虫垂炎だったの」と告白されたくらいのインパクトしかなかった。

それよりも、キスをしたあと、すっかり緊張がほぐれ、ボクに存分に甘えてくる彼女を受け入れることに没頭したかった。

甘い果実をむさぼるように、
人目もはばからず、抱き合い、何度もキスをした。

その夜は、彼女の部屋に泊まった。

彼女が言ったように、出張先の彼からは、幾度となくメールや電話の着信があった。
彼女の居場所を知るためのGPS照会メールもあった。「自宅にいるよ」と余裕しゃくしゃくの彼女。
出張のときに恒例という、TV電話もかかってきた。ボクをバスルームに閉じ込め、応じる。

そんな秘密のひとときを、ボクたちは大いに楽しんでいた。


翌朝、ボクにとっては、すばらしいと思える朝食が準備されていた。
具だくさんのマフィン、よく煮込まれたポトフなど、いろどり豊富だが、深酒した体にはやさしいメニュー。

この女性と居れば、最高の幸せが手に入るのでは。と思った。

しかし、朝の光の中に浮き上がる、彼との生活感いっぱいのリビング・ダイニングを見渡していると、やはりボクがここに割り込むべきではない。という思いが急速に湧きあがり、

「やっぱり、これきりにしよう」

と彼女に告げていた。

彼女は、頑としてその提案を受け入れなかった。

平静さは失わなかったが、彼のことを気にしなくていいこと、真剣に考えずもっと気楽に。と小一時間ほど、ボクを説得した。

もちろん、彼女への気持ちがなくなったわけでもないし、けっして彼女の過去にこだわったわけでもない。まだ甘い時を過ごしたいという気持ちだって少なからず持っていた。

何より、こんなに女性から慕われることが、ボクにとっては本当に久し振りの出来事だったので、ボクは彼女に従うことにした。


ところが、である。

「また連絡するね」と微笑んで別れた彼女と、それからしばらくの間、一切音信不通となった。



この続きは、また後日。

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